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マグロジュースのブログ

ボカロ、UTAUの音楽の話や、創作の話などをする時はすると思いますが、しない時はしないと思います。

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妙見氏制作の私の前世記憶に関するTogetterまとめへの回答

はじめに

本記事は、妙 ⁂ 見@Unicornaholic氏(以下、妙見氏)が制作されましたTogetterまとめ(URL:https://togetter.com/li/1191876)に関しての回答となります。

・ご留意いただきたい点は以下となります

1.本記事は、前世記憶に関する真実性、病理性の肯否いずれの立場も取らないものとします。
2.製作者である妙見氏を攻撃する意図は一切ございません。この記事によって妙見氏御本人を傷つける事がもしあれば、お詫び申し上げます。
3.本記事に関しての個別質問、要望への回答は原則として致しません。その点を了承の上、ご覧ください。

・本記事を投稿させて頂く目的は以下となります

1.まとめにおいて出された「精神的な分野の専門家のケアが必要」との結論が「平安時代の前世の人物について調べてみた」という主題の趣旨と異なる見解であり、当人の専門知識に基づいておらず、実際に誤った情報が放置されたまま拡散している。また、鵜呑みにした閲覧者からの誤解や中傷が生まれている為、専門知識を用いた説明を要する。

2.1の内容に対し精神的な分野のケアが専門範囲に入る私の、専門知識に基づいた情報をお伝えする

【歴史資料の考察として語られている部分に関しての回答と、妙見氏への謝辞】

私は平安時代の専門家でも無ければ、歴史マニアでもありませんので詳しい事は分かりません。よって大筋で妙見氏の考えを尊重しているという事をお伝えさせて頂きます。また、丁寧にお調べ下さった点にまず、感謝を申し上げます。

私が人差し指を立てる癖があり、前世(と思われる人物)の肖像画を見た時に同じように人差し指が立っていたと発言しました。
特にこれに関しての考察は大変参考になり、記載されているような風習があることも知りませんでした。自分自身を見直すとてもよいきっかけとなりました。

「鮮明に話せる」という書き方をしてしまった為、あらゆる事象を事細かに話せるといったイメージで伝わってしまった可能性があり、反省しています。

歴史学者は根拠のない情報は関与しないので歴史は変わらないと仰る点も、その通りだと思います。学識ある方々は現実的な検証に基づいて調査を行っている筈です。研究、教職を名乗る方から連絡を頂いた事はありますが、あくまで個人的な話です。公で行わないでしょうし、そのような事はあってはならないと思います。

但し、まとめの投稿日以後私の方で多くの情報を更新しておりますので、閲覧される方はかなり古い情報になっている事にご留意下さい。「この件について今後何か書く事は無い」とご本人が明確におっしゃられていますので、更新される事はありません。

【精神的な専門家のケアが必要との結論について】

こちらが、本記事の主目的となります。

・私の専門性の説明

私の専門分野は社会福祉学です。

社会福祉学というと極めて広義の概念になりますが本件に関連するものに絞って説明すれば精神障害者のケアを行う事を目的とした「精神保健福祉」というものが専門に入ります。精神科医ではありません(ただし医療は学びます)医療業務に特化したものが医師とすれば、精神障害者の心的支援、自立支援など、各種病院や施設での医療行為以外の福祉業務に特化した専門家になります。

簡単に言うと、お薬を出すほうの人ではなく、カウンセリングして復帰を助けるほうの専門家です。

4年制大学と4年制専修学校の掛け持ちで学び、必要な資格を習得し、実業務はいつでも可能ですので専門と言って差し支え無いと思います。統合失調症の方の相談援助記録を作成した事もあります。
私の学科は心理、精神保健分野に精通していたので、いずれ大学院に入り臨床心理士をしたいと思っていましたが現在は専門外の職業に従事しています。

学んだ事以外でも、ある程度専門知識に照らし合わせて判断をする事が可能です。ただし自分を自分で解析するというかなり特殊な条件下である為、論理的、客観的な視点を損なわないよう極力心掛けます。

ちなみに専門外の職業を選んだ理由は、髪染めてあごひげ生やしてアロハシャツ着てサンダル穿いたまま勤務できて給料良くて中抜けもできて家で猫と1日2時間以上遊べる仕事が良かったからです。

専門性の判断については、これ以下に記載する内容から信頼に足りうるものかどうかご判断頂ければ幸いです。

・精神的なケアの必要性と病理性の判断について


まず、症状が存在する事と、精神的なケアの要否とは全く違うという事を知って頂きたく思います。

精神の病理性の定義というのは「苦痛・異常を伴う心理的症候群または行動様式」とされています。そして、それにより当人が日常生活に支障をきたす場合にはじめて「専門家のケアが必要な状態」となります。

例を申し上げると、アスペルガーの方が居たとします。この障害の特性として特定の事象への強いこだわりや他人の感情を読み取る能力(非言語コミュニケーション能力)が欠陥しているといったものがあり、社会、対人におけるコミュニケーションで永続的な問題を抱えるとされます。
彼らに対して「専門家のケアが必要な状態」というのは、障害特性が原因で度々トラブルが生じる、対人関係でうまくいかない(職場に馴染めない、学校でしばしば問題を起こす等)その他苦痛により当人がケアを望んでいるといった場合です。

当人の対人関係が良好で、自己の特性を客観的に把握し、健全な社会生活が出来ているといった場合に専門家のケアは必要ありません。
何故かと言うと、ケアというのは当人が円滑で幸福な社会生活を送れるようにするためのものであり、完治が目的ではないからです。
それは精神医療、精神保健福祉が、障害を分離する事なく一般的に受け入れる考えを実現するという『ノーマライゼーション』という理念で成り立っているからです。これは根幹理念にあたるため、アスペルガーだけでなく精神障害、その他あらゆる分野の障害において適応されます。障害が区別される事なく、隠されることもなく、社会生活が出来るようにするというのがケアの根幹とお考え下さい。

精神医療になぜノーマライゼーションを適応しなければいけないのか、という事を確かめたければ「退廃芸術」とか「宇都宮病院事件」といったキーワードで検索をして頂ければお察し頂けるかと思います。

精神病はそもそも科学的根拠に依存していません。時代や社会通念によって病理性も、その定義も変化するものです。また各種障害特性が、社会的に良い作用をもたらす事(アスペルガーに見られる情報処理能力の優位性など)もあり得ます。

それらを包括し、現状可能な限り合理化した上で現在のケア理念が構築されていて、病理性を決めつける事での偏見、迫害、隔離を防ぐという大きな原則の元で動いているとお考え下さい。

そして私は現在、正規雇用者として自立した生活を営んでおり、家族や友人とも円滑にコミュニケーションが出来ています。生活に問題をきたす事もなく、苦痛を感じてもいなければケアを望んでもいません。

そして最も重要な事を申し上げます。

精神医学において、前世記憶を病気だと結論付ける見解が公式に出された事はありません。

精神障害の診断と統計マニュアルや国際疾病分類にもそのような記載はありません。

「自分はイエスの生まれ変わりだ」とか言って奇行に走って精神病院に入院するといった方は割といらっしゃいます。これは、前世記憶が精神疾患だという結論に基づいて入院している訳ではありません、その他の複合的な要因により当人の社会生活が困難であるために入院しているのです。

当人の生活がどうなっているのか、症状は何がどれくらいの頻度で現れているのか、場合によっては身体検査も含めて何週間もかけて病理性の判断を行っています。
更に、その後の援助についても経過を事細かに観察しながら長い時間をかけて行います。

当人の人間性や日常生活がどうなっているのかを無視し、一側面だけで病理性、ケアが必要と判断できる人間はおりません。仮に複合要因を疑うのであればそれは日常生活に現れてきますので、なおの事です。

「措置入院」という強制性をもったものがありますが、しかしこれに関しても「自傷他害のおそれが明らかであること」とありますので私には全く当てはまりません。そして、「指定医2名以上の診察の結果が、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認める事を要する」と精神保健福祉法にて定められており、その他に多くの条件が存在します。

『前世記憶のような物を思い出し、それをTwitterで話した』という事だけでは、ケアの要否は判断できません。

「病気の可能性がある」まではギリギリOKです。しかしすべて一括りにして、あるいは一側面のみで判断して「専門家のケアが必要」と結論付ける事はできません。また、その認識を一般に広める事は正しくありません。
ケアには7つの原則があり、その1つ「個別化の原則」といって依頼者の抱える問題は人それぞれであり、同じ問題は一つとして存在しないため一括りにしてはいけない、というものがあります。
「ケア」の概念では上記の理由から一側面だけで捉えたり、一括りにして考える事は絶対にしません。

「なるべく早い段階でケアをしたほうが良いのです」「ケアを優先させるべきなのです」「病状を悪化させるよりも」とありますが、病理性やケアの要否は前述した通り日常生活面の調査や長期間の診察や面談を行わなければ導き出す事が出来ないはずなのですが、twitterにおける数回の私の発言のみでそのような判断を行うことが可能というのであれば、精神医学、社会福祉、精神保健福祉、相談援助、臨床心理などの観点から整合性の取れるデータもしくは論理を上げていただかなくてはなりません。
この書き込みをした時点で、断定した専門的根拠は何であったのかという事です。

私としましても、そのような事が可能かというのは興味がありますし、可能であればそれを行う事により問題が生じないのかという所も非常に気になります。少なくとも学んだことはありません。

以上の事から「精神的な分野の専門家のケアが必要」との判断は誤っているというのが私の結論になります。

・脳の病気の判断基準としている内容について


妙見氏の考察では結論づける例として前世記憶がらみの事件をあげておられますが、これだけではもちろん判断基準にはならず、否定的見解の一例だけ引用をして、更にそれを広めるのはどうなのかな、と思いました。
「記憶の再構築」との事ですがこの例においては退行催眠と記載されていますので厳密に言えば私の状況とは異なります。だたし「可能性がある」という点では同意します。

中立性を持たせるため私からも一例を提示致します。
精神医学の博士イアン・スティーヴンソンが前世記憶を持つとされる子どもの事例を2300例ほど集めて行った「生まれ変わり現象」の研究というのがあります。こちらの記事をご参照下さい。

前述の通り精神医学において、前世記憶を病気だと結論付ける見解が公式に出された事はありません。前世記憶に関する症例の研究が現在まで引き継がれて続いているという事実が存在します。また、過去起こった一例のみを参考にし、生まれ変わりの主張をする事=病気であると一括りにして判断することはあり得ません。

音に色が見えるというのは「色聴」や「共感覚」と言われる生得的特性で、妄想障害ではなく、科学的に解明されている現象です。この現象は病気ですらありませんし、統合失調症における妄想、幻覚の現出とは性質が異なる為完全に間違っています。
またそれを「統合失調症か何か」という形で一括りにして発信するのは絶対にやってはいけない事です。これに関しましても、まとめに掲載し、広めた根拠を知りたいです。

【私の現状の立場について】

まず、重ねて申し上げますが本件においてまとめ制作者、妙見氏を攻撃する意図は一切ありません。私の個人的な事象によりご迷惑をおかけする事に申し訳無く思っております。これ以上無駄な議論が起こったり、無意味に拡散される事も本意ではありません。本記事を投稿した意図は、歴史考察と無関係の不適切な情報が広まってしまったため書かざるを得なかった、不適切な情報が広まる事によって生じる多方面への悪影響を、社会福祉学的観点を主軸に道義的及び合理的に判断した結果だという事を理解ください。

バズった事によって多くの影響があった事、その予測が出来なかった私自身の無計画性も反省しております。

私は前世記憶について肯否どちらの立場でもありません。

現状解明されていませんので客観的に見てそう判断しています。そして私の目標は、これが真実であっても病気であっても事実と病理性が混在していても、前世記憶を持つと自称する人達を包括し、彼らの、あるいは彼らの取り巻く人々に害が及ばないように知識を使って最適解を導く事です。これであれば立派な特性の活用であり、ノーマライゼーション理念にも適合していると考えております。

また、これは超個人的にですが、自分を客観視できないスピリチュアル系の人は妄言を言うだけで意味がないし、自分を客観視できない学者系の人は狭い視点から固まった考えを言うだけで意味がないと思っています。
従って特定の枠組みにはまる事無く、最適解が導かれることを願っているというのが私の立場になります。

【最後に、まとめや考察記事を作る、見る方々へ伝えたいこと】

間違いのない判断は「考察」だけではでは絶対にできません。「結果」が必要となります。
考察の段階ではどのような解釈でもできてしまうので、ネット上の、更に特定個人の解釈を鵜呑みにするというのは極めて良くない事です。

例えば、真っ赤なリンゴが目の前にあったとします。
「このリンゴは色鮮やかだから、実際に鮮度が良いだろう」と考える事もできるし
「着色料がついているだけだから、実際は鮮度が悪いだろう」と考える事もできます

これが考察です。考察の段階では正反対の見解も出せるのです。
そして結果は、実際に食べて味を確かめなければ分かりません。

私の事象に関していえば、前世記憶が真実なのか、病気なのかというのは歴史的にも科学的にも精神医学的にも証明がありません。どうあがいても「結果」は出せません。科学的に解明されるか自分の話した記憶通りの資料が後天的に見つかるまで分からないのです。つまり現段階では、リンゴを食べて味を確かめる事が出来ないのです。

あかの他人を好き勝手に調べてまとめあげる訳ですから相手が向こう側に居る事を把握して、どんな人物なのだろうか、嘘の情報や誤った認識を拡散していないだろうか、相手に危害が及ばないだろうか、コメントをして傷つかないだろうか、という事を振り返って考えながら利用してただけると大変良いものが生まれると思います。

まとめを作る方は、そういった点に留意してクオリティの高い物を製作していってほしいと思いますし、まとめを見る方は、考察と結果は違うという事を意識して鵜呑みにせず、情報を正しく分別してほしいと思います。

それを伝えて終わりに致します。ご覧くださり、ありがとうございました。
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前世記憶関連でご理解頂きたい事

多くの人がブログを閲覧し、Twitterの方もフォローして下さっているので一応現時点での自分の認識、見解を簡単に伝えます。

分からない事は、肯定もしないし、否定もしない。というのが自分の考えです。

確定的な資料が後天的に発見されない限り、自分の言ったものを100%立証する事は叶いません。 現時点で史実通りなら「調べたんだ」となるし 史実と異なれば「嘘だ」となるし 曖昧でも詳しく話しても「想像だ」となります。また、見る人により異なる解釈で受け取られる事も多々あるので、それによって混乱したくないしさせたくもありません。

自分がハッキリ覚えていて世の中に出ていない、つまり立証ができそうなのは、火事で亡くなった初恋の人、奥さんの性格や手紙の内容、一番近しかった女官(尼さん)の事、性空さんの教えの内容 くらいでしょうか…。 

また、世の中にはいろんな信仰や考え方が存在し、輪廻転生を肯定していない文化もあります。否定的な考えも十分に理解できます。多様な考え方を尊重しているし、形はそれぞれでもみんなが有意義に良い人生を送れるならそれで良いです、その形こそがベストだと思っています。
特定の考えを押し通す必要性を感じません。スピリチュアル的な考え方に囚われる気もありません。知らない様々な文化や考え方を調べて、学んで知っていくことが自分の生きがいです。

ただ、これがどこかの誰かにとって、世の中にとって、前向きな方向に活かされてくれたら良いな、という淡い期待で動いています。

必要だと思った事や、良い影響になると思った事は言う、思わない事は言いません。それだけです。

バズる前もバズった後も変わりはありません。今まで通り過ごします。
自由に、恥ずかしくない生き方をするだけです。


--追記--
メールやリプライで頂いた内容は読んでいます、励ましの言葉等頂きありがとうございます、とても嬉しくなります。
質問も多く頂いていますが
返信、発進をしたことが正確に伝わらない、誤解を招くといった状況を避けたいという事
分からない、ハッキリしない、言うべきでない、言いたくないと思う内容もあるという事
この件に無関係のフォロワーさんや、否定的、批判的な人達への心的配慮
中庸な考え方を保ちたいという事
その他諸事情から安易に返信、発進出来ない事をご了承下さい。同時にお詫び致します。

平安時代にお坊さんをやっていた記憶があるという話について 変わった所変わらない所

今までの感じとちょっと変えて、メンタルの部分を話したいと思います。2つの人間の記憶があるってどうなんだ、同じ人格の奴が違う環境に生まれるとどうなんだっていう部分です。一応、過去の自分の名前を知っている人が見る前提で話します。求めてるのと違うかもしれませんが、こちらも緩い感じで聞いて貰えればなと思います。


変わった所

昔:質問厨
分からない事は何でも納得するまで聞きまくってた、知りたい事を中々知れないもどかしい感情があった。知る事が出来たとしても口頭で伝えられるだけで実際に確かめられない、不安でまた質問して嫌がられる。頭が悪いって思われてるらしいけど全然そんな事ないですから。知識欲半端じゃ無かったですよ。

今:無口
分からない事は何でも自分で調べられます、世界中でどんな文化があって、歴史があって、人や生き物が居て…という感じでのあらゆる情報が納得するまで得られます。人に聞く必要が無いので楽チン、喋んなくて良い。知識欲満たせて素晴らしい。ネット最高。



昔:周りに人がいっぱい居た
人員が変わるとこはあったけど、生涯を通して周りに人が大勢居てわいわいしていた。旅も大勢。多くの人と心を通わせるのは楽しいけれど自分を見失ったり調子に乗って失敗をする事があるので一概に良いわけではないし、多くの人に迷惑をかけたので後悔もかなり多い。何でも人にしてもらっていたし、自分が何かするたびに、誰かしらに迷惑がかかるのでそれがとても嫌だった。

今:一人の時間が多い
誰にも迷惑かけないしストレスも少ないので感情が落ち着くし、誰にも邪魔されず自分の好きな事を好きな時間に出来るのは素晴らしい。旅も一人旅。人が多い空間に行くと感情的にちょっとおかしくなるので逆に避けてる、自分の事は全部自分でやるので慎重な性格になった。でも寂しいかもしれない、昔あった『家族のように心の距離が近い他人』という概念が今は無いのでそれが寂しい。



昔:女好きって言われてた
これは育ちのせい。前も言いましたけど心を許せるのが女性達であって、囲まれて育ったので人格形成に影響してます。それから子供や捨て子が物凄い数居たという話をしましたが今よりずっと性愛は自由でした。同性愛や年の差愛も浸透していたし今みたいにガチガチに固定観念で固められてないです。愛の形は時と場合で様々。恥ずかしいからもうやめようこれは…
良いよね、他の生まれ変わり自称の人たちは偉大で。こっちは黒歴史まで引き継いでんだよ。恥ずかしいよ、嫌だよ普通に。

今:そんな事は全く無い
昔自分が性愛に求めていたものは、肉体的よりかは精神的な癒しだったんですよね。ボロボロになった感情を糊で塞いでくれるような物なんです。だから現代で必要無いです。人と人との結びつきが弱いし、自分の精神状態も安定してるので。
そして痩せてる人苦手なのに痩せた女子ばっかりだし一人で居る事が多いので逆に人より欲が無いです。面倒くさいとかくだらないって思ってしまう。同性も異性も人間として同じように見ます、当たり前だけど。これは成長と言うんでしょうか、分かりませんけれども。



昔:スピリチュアル的な考え方だった
オカルトなんていう区分けは無くて当たり前に受け入れられていてたし、自分の中にも第六感的な物があったし(後天的に強くなった)それを持っている多くの人に出会ったので当時から前世や来世の概念を知覚していた。幽霊や精霊?を目視する事は無かったけれど、知覚(存在を感じる)事も普通にあった。全てひっくるめて自然の一部、当たり前の事としていた。
仏教は、知識欲に任せて学んだ気がするけれど、感覚的な物以外忘れました。ただ今のアフガニスタン(ガンダーラ)やチベットのあたりの話はうっすらと覚えがあって、思い入れがあった。行ってみたいと思っていた。

今:特定の思想に偏らないようにしている
昔と同じく第六感は強いけど、現実を生きる人たちにとって特別必要な物とは思わない。それは科学では解明されていない不確かな事だし、世界中にはいろんな信仰や考え方が存在するし、さらにそういう人たちと共存する必要があるし、またそれらの多様な考えから学びたいし、尊重したいし、各々が有意義に幸せに生きられればそれでいいと思うので。
でもチベット!チベットはやっぱり行ってみたい!そしてアフガニスタン共々今の現状をとても憂いています…。



変わらない所

顔、仕草、話し方
若干まつ毛や眉毛が濃いとか微妙な違いはありますけど変わらないか極めて似てます。
話し方はフワフワでボソボソなのでイライラするか眠くなるかのどっちかだと思います。


好きな物
お酒、動物、山、旅行、バイク(馬)、楽器、作詞作曲、同じです。
なぜ馬が、好きだったのか。それは当時世界で一番早い乗り物だったからです。風を感じたかったからです、あと馬の目が可愛かったからです。今のバイクも丸型の二つ目のライトに変えてるので目がかわいいです。


悪戯するのが好き(だった)

昔は色々仕掛けてました、記録も複数、複数確認致しました。でもあれは、無差別にやっている訳では無くてとても調子に乗っていたりとか、自分の悪い所に気付いていない人をターゲットにして、笑える悪戯をしようという試みでした。当時の笑いのツボなんです、あれは。本気で陥れたいと思っている訳では決して無くて、お前はこれくらいバカバカしいレベルなんだぞっていう暗示をしたくて。ごめんね。いやそうじゃない時も、あったかしれない…ごめんね。

今はネトゲが全盛期だった頃に無意識に同じ事してました
悪戯専用のクラブとかギルドに所属して、時にギルドマスターとして狩場独占してる奴の邪魔したり、PKしたり、反応見て楽しんで仲間とスカイプでゲラゲラ笑ったり。メイプルストーリーとか超面白かったですよね、規約違反はしてないのでBANはされません、規約の範囲で大暴れするだけです。いつまでも居座ってたらいつのまにか某サーバー内で四天王と呼ばれて祭られてました。
ごめんね。本当にごめんね。もうしません。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい


ストレスメーターが上がると奇行が出る

自分と長く付き合いのある人なら分かると思いますけど、ストレスを感じるとすぐ変になります。空になったコップで何度も水飲もうとしたりとか、謎の絵を描いて来て講義室の隅に飾ったりとか、小学校の頃ですけど、授業中に抜け出して松林を走り回ったりとか。あげたらきりが無いのと恥ずかしいので雰囲気を察して頂ければと…。意図的にストレスを避けてます。危ないので。

奇行は続くよ、千年後も。


感受性、表現性

一緒です。これも雰囲気で察してください。
服装を変に拘るのも一緒です。その日の気分にあった自分らしい見た目じゃないと落ちつかない。そして今も昔も人に選んで貰わないしファッション誌も見ないので、たまに変な時がある。
創作は今の方が規模的にはだいぶショボいんですけど、感受性は意図的には絶対似せられない部分だと思います。悲しい時に作るとすっごく良いのができます。
あと縛られないで好きなようにっていうのも同じで、昔も上を目指したり、人によく見せる為に作るやり方じゃなくて内面を追求するようなやり方、あと全部勘。
共感覚もありました。ていうか昔の人は結構あった。


知識欲
これはあまり知られていないようですけど、旅しまくってた理由の一つでもあります。自分の知りたい事が知れない、見たい物が見れないという苦痛が嫌で、目で見て感じて確かめたいという気持ちから行動が生まれます。そこで貯めた知識を、自分の出来る限り活かしたいと考えてました。今も同じです。



上記問わず本質的な部分は全部一緒です。これはもう本当に似せようと思って出来るものではない。不思議な所です。

こんな感じですかね…

平安時代にお坊さんをやっていた記憶があるという話について 生涯の事を話します

物凄く悩みましたが具体的に検証できそうな部分も含めて言います。創作ではありません。本を出す予定はありません。今後どうなるかも分からないけど、良くも悪くも、役割なのかな、と思う事にして割り切ります。

子供の頃の記憶よりも更に薄い物を捻りだしていると思ってください。

できるだけ時系列にまとめますが前後するかもしれません。主観的に印象に残った事は覚えていますが全てを覚えている訳ではありません。地名人名分からないのは本当にすみません、浮かぶ場所や人は居ますが、今残っている名前の人かどうか分からない、当てはめる事が難しいです。質問は多すぎて消化できないので、こちら発進で話します。歴史にあるけど分からない事もあれば、歴史に無いけど覚えている事もあります。
具体的な事も感情的な事も抽象的な事もありのままに言います。その中で実際に検証する価値のある事柄があれば、調べて確認ほしいです。

名前はもう分かると思うけど…これから話すのは昔の自分の生涯での事です。

興味無ければスルーして下さい、興味あればお調べください。


幼少期~青年期(出家前)

悲しい事ばかりだった。とにかく悲しいなぁという感じです。自分の大切な人から死んでいく、自分も死にたかった。

1.幼少期のほとんどは女の人との記憶ばかりです。物心ついた頃から10代はずっと周りには女の人ばかりでした。女性が自分の身の回りの世話を全部してくれいた。自分で靴を履かなかった、靴を履かせてもらっていました。最も身近な人たちです、家族はうっすらしか覚えが無いけどこの人達はとても覚えています、何人も居ます、20人は居る。同年代か少し年上のお姉さんで、忙しいのに遊び相手にもなってくれます。
本当に何でもしてくれる人達、その時に世話をしてくれた人は生涯付き合いがありました。十二姫の墓に居るのはこの時の人たちで間違いありません。小さい頃男友達が居た記憶が全然なくって出てくるのはたくさんの女性です。家族であって恋人であって友達…今の感覚では分かんないと思います。すみません。

2.この時に出会った一番働き者の女の人。
同い年くらいで、顔や雰囲気は例えると…3Dアニメですけど、怪盗グルーに出てくる「マーゴ」っていう女の子をちょっと大人にした感じ。雰囲気はそっくり(眼鏡はかけてないけど)何でも相談に乗ってくれる人で自分がストレスでおかしくなるのも全部分かってました。年を経るごとに性的な事をするようになった(膝枕をしてもらったり、ハグをしたり、泣きついて慰めてもらったり)いい大人になってもこの人に甘えていた。何でも受け入れて、一緒に泣いてくれたり、共感してくれる凄い人です。
この人は自分が出家をした後に、兵庫県の菩提寺まで追いかけて来ました。
彼女には家族が居てお母さんの具合が悪いという話を聞いていたんですけど、自分が勝手に京都を脱出して逃げ回っていたせいでこの人は病気のお母さんを置いて自分の所に来なければいけなくなった。物凄く悪い事をしてしまって、ずっと後悔していました。自分のせいで二度と家族に会えなくしてしまいました。自分が京都に戻った時もこの人は現地に留まりました。

自分が死んだのは京都説と、菩提寺説がありますが、京都です。

でも菩提寺が自分の本当の居場所です。墓所があそこにあるのと、その墓所の方向を向いて奥さんと女官のお墓があるのはきっと、それを周りの人たちが汲んでくれたからだと思います。
菩提寺でこの人を看取ってから死のうと思っていたけれど、置き去りにしたまま京都で勝手に死んでしまいました。死んだ時に一番心残りだったのはこの人です。自分の事を一番に考えてくれていた人に、一番の迷惑をかけてしまった事が心残りでした。あの菩提寺にあるお墓は何よりも大切です、お寺より大切です。ずっと守ってくれて本当にありがとうございます。
この場を借りて最大限の感謝を伝えたいです。本当にありがとうございます。

3.奇行?をしていた理由は何か
半分は計算で、半分はマジです。周りの人達(主に男性たち)は自分の家族や娘を本当に、道具みたいにして使うので、それがどうしても許せなくて、自分がそんな風にコントロールされたくなかったので物凄く抵抗しました。誰にも心の内を読まれてはいけないんだっていう物凄いストレスと、疑いの気持ちがあったからです。どんなに抵抗しても彼らはやってる事の虚しさに気が付く事が無かった、それが物凄く悔しかった、だからエスカレートしました。特にお父さんに対して彼らはひどい事をしていた…気がする。中々思い出せないけど、お父さんに何するんだ!!糞野郎ども!!っていう強い気持ちがあった。お父さんは凄く良い人。男性はみんな私の事を馬鹿にしていたけど、せっかく生まれて来た子供や巡り合った家族や友達を、何のためらいもなく、欲のままに道具として使おうとするお前らが馬鹿なんだ、自分は馬鹿じゃない!!っていう気持ち。だから自分で自分がおかしいとは全く思っていません。おかしいのは周りの奴ら。
それと単純に、誰も注意してくれないから気付かない。あとで知って恥ずかしくなるんです。いっつもいっつも。

4.女癖が悪いと言われていたのは何でか
上にも書きましたけど、心を許せるのが物心ついた頃から女の人達だったという事、逆に男性は心を許せなかったという事です。身勝手で申し訳ないです。でもそうして心を保つしか方法が無かった。申し訳ない。チャラくはないです。不安に押しつぶされそうだったんです。

5.10才前後に、この子と結婚したい…思っていた仲の良い女の子の友達が居ました。赤い服が好きです、初恋の人です。庭の隅っこみたいな所で遊びました、健康的というか庶民的な人です、でも住んでいた家が火事になって亡くなりました。その年代に火事はありませんでしたか?私と関わりのある女の子とその家族が亡くなりました。
最愛の人を亡くしましたが、初恋の人も亡くしてます。

6.その時によく食べていた、好な食べ物なんですが、ヨーグルトです。何言ってるか分かんないかもしれませんがヨーグルトがありました。名前は違うかもしれないけど乳製品で同じ味がするものです。酸っぱさは同じぐらいで今の物よりも香ばしいやつ。食感は、ぬるいフローズンヨーグルトのような…?それが好きでした。私がヨーグルトみたいな食べ物を好きだった事が分かるものってありますか?

7.この頃の性格ですけど、めっちゃ質問厨でした。気になる事はひたすら質問攻めにします、納得するまでやめません。ウザがられていた。唯一それが良い方向に動いたのは奥さんとの手紙のやり取りで質問攻めにした事です。彼女の心がそれによって開きました。

8.その頃の雑多な記憶です。住んでた場所は分かりませんが、そこから外に逃走する事がありました、スキを見て逃げるプロです。結構逃走しますが女の子と遊んでいる時は落ち着いています。。動物が大好きでした、周りの人がいろんな動物を見せてくれます。基本動物を見ると興奮するというか好きなんです、虫や草花も好きです。猫を飼っていたか、お気に入りの猫がいました。その猫も自分と同じでヨーグルトが好き、ヨーグルトをめっちゃ食べる頭の良さそうな猫が居ました。

9.楽器を多く弾いていました、琵琶と横笛は間違いなくやってます。夜やります。一回やると全然やめません、自分で言うのもあれですがめっちゃ上手かったはず。とても自信があった。ぶっちゃけ誰よりもうまい自信があった、師匠クラスと言っても過言ではないです。
ミッチーは自分の100分の1も楽器出来ません。でもディスっても全然めげないから凄い、ディスりが効かなくて煽り耐性が半端じゃないです。ドライに考える人だから傷ついたりしないのかな、でも色々言っても心のずーーーーーーーーーっと奥深くの奥の奥の方には情があって結局助けてくれる人。自分に無い物がこの人に全部あって、自分にあるものがこの人に全部無い。嫌々だけど結局切っても切れない関係。

10.奥さんと同時期か少し前に好きだった女の人、位の高い人だけどタカビーで性格が男っぽくてキツい。会うとまんざらでもないくせに軽く叩いたり蹴ったりしてくる、自己中で途中から嫌いになったけど、何だかんだ魅力的な人。顔は「ベック」っていう韓国人のモデルさんに似てるけど目が細くて内側がつっていて外側がたれてる。ツリタレ目。体格は普通。太ってない。

11.奥さん、藤原忯子の事です。
書店で見かけた(今世の)小説に、勝ち気で男勝りなイメージで書かれてたみたいなんですけどすみません全く違います。何も出来ない人で、走った事が無いとか自分で服を選んだことが無いというレベルの人。平安時代が生んだ操り人形みたいな、道具にされていた人。動きがスローペースで、ぽへーーって感じの人。
彼女は祭事?催し物みたいのが大の苦手でとても具合が悪くなります。精神的なものです。だから祭事的なのは欠席していた筈です、なぜかは自分でもよく分からないらしいです。

奥さんに出会う前は、他の誰かを思いやるなんて事は1ミリも無くて自分以外の人間は木の棒か何かだと思っていました。この人に出会って目が覚めた。この人に出会ってはじめて、他人の気持ちを考える、思いやる気持ちが芽生えました。そういう人です。

結前に手紙を何通もやりとりしています。自分が先に出して、奥さんから返事がきます、奥さんから先に出す事は無いです。内容が「趣味は何ですか、好きな物は、知りたい事は、悩みはある?」という質問攻め→奥さんからの回答は、ほぼ「自分が何をしたいか、何が好きなのか分からない」そして以前書きましたが「精いっぱい愛しますから、世の中の色んな事を教えますから、恋人になって下さい」と自分から手紙で申し出たもの。それから恋の詞?和歌もポエムくらいフランクな柔らかいのもあった、大切にとっておいたので残っているかもしれません。あ、もしかしたら奥さんは「桃色が好き」って書いてくれていたかもしれません。無趣味な人でしたが詩を書く事はあります。恋の詞を書き合っています。

結婚した理由は、彼女の、道具にされたまま終わる人生があまりに可哀想だったから。自分が本当の愛情を教えてあげたい、いろんな話をして、彼女に個性を持ってもらいたい。いつか自分のやりたい事や好きな事を見つけてもらいたいと思ったからです。

無個性だった彼女は急に性的な快楽を覚えたし、自分も愛情が半端なく強かったのでお互いにセックス依存症みたいになりました。
結婚後、寝る時なんですが今度は逆に奥さんから来ます。肌と肌を触れ合って寝ます。共依存関係で、お互いに一緒に居ないと眠れないので必然的に毎日一緒に寝ます。人生で一番幸せだった時ですね。くっつきすぎて時々離れろと周りに言われ、そのたびにモメました。自分は離れたくないと言って怒られていた。彼女も離れたくないといって怒られていた。お互いに永遠に離れたくなかった。自分も彼女も泣き虫で、泣いた。一心同体でした。

奥さんのお父さんの事をちょっと覚えてます。典型的な瓜実顔でメタボな人。ぬぼーーってしてて滅多に話さない、超無口。何考えてるか全く分からない。多分私の事が嫌いだったからそうだったのかもしれません。この人の趣味?かな。建物や看板?を立てるのが好きな人だけど結局何がしたいのかよく分からない。

奥さんがなくなってから、山に行くまでの細かい記憶が全然ありません。その間はまるで死んでるみたいです。色々書かれてるけど全然覚えてないです。ただ一つ言えるのは全体を通して、とにかく悲しかった。悲しいなぁっていう出家前時代です。色々あったけど最後には怒りも恨みも無い。「悲しい」以外のあらゆる感情がありません。

愛する人も守れないのに、他の誰かを幸せにできる訳がない、こんな地位があっても何の意味も無い。自分も死にたいと毎日のように言っていた気がします。
そして散々抵抗したけれど、結局自分自身も道具にされて、要らなくなって、捨てられた。それだけの話です。


お坊さんになってから(出家後)

こっからが人生の本番って感じ、こっちの方がいっぱい覚えてます。心の赴くままに大冒険しました、こんなに世界広かったんかー!って。最初の頃は死に場所見つけに行くつもりだったんですけど何年もする内にどんどんわいわい騒がしくなって、面白くなっていきました。癒されました。

12.最初の旅立ち?はとても寂しい、虚しい雰囲気で付いてくる人もほとんど居なくてスカスカ。いつ襲われてもおかしくない、とにかく寂しかったです。しかもどんどん脱落していって、自分も気力無かったし、泣き言しか言ってない。その内自分が死んでこれが終わるんだろうなあ、早く終わればいいのにと思っていました。
その頃(出家してから前半の、旅をしている道中)だと思うんですが途中で大豪雨があったはずです。とんでもない大雨で、そうですね…もののけ姫のシーンで嵐の中牛の行列が歩いているシーンがあるなじゃいですか、途中で山犬に襲われるやつ。あんな感じです、いやもっと酷かったかも。
その後に風邪を引きました。その時に、ああここで死ぬんだ。ここで死にたかった、良かった。人生さようなら~と思いました。

ただ何か普通に治って、普通に続いちゃいましたね。

13.今まで見た中で一番大規模なお寺
調べたけど場所。名前は分からない、太い柱がたくさんあって稚児パラダイスのお寺。大量の稚児、道案内役?お迎えに出て来たのも稚児。もう消滅した文化だと思いますが、お寺といえば稚児でした。
いろんな格好の子がいて、髪をリボン結び?にしているかリボンを巻いていたり、服に丸いポンポンみたいのを付けていたりする。みんなおしゃれに見えます、おしゃれは稚児がするもの。お坊さんはおしゃれしないから基本的に。

女人が居ない所で可愛い稚児達が、みんなガッツリ履物の裾をまくって、生脚出して仕事をします…


そらそうなりますわな。


今で言ったら虐待扱いかもしれないけど、当時はそれで成り立っていました。これは、お互いに愛情があったからこそ繋がっていた関係だと思います。親元離れて(もしくは捨てられて)仕事をする稚児の寂しさ、世俗を捨てて女の人と合えないお坊さんの寂しさ。それが恋愛感情としてつながる瞬間があります。少なくとも自分はそうだった。家族のようで友人のようで恋人のようで子供のようで…うんまあとにかく愛です。

今のオネェ系の人達ってきっと子供の頃とても違和感があったと思うんですよ。自分の好みがガチムチの男だったとしてもそんな事を言えないから自分を演じて生きてたと、思うんですよ。
でも、寺の稚児だったらすぐにガチムチ僧兵とウフフな関係になれます。とても尊ばれます。幸せになれます。

14.奥さんはぽっちゃり系だったけれど死ぬ間際はガリガリで直視できなかった。その時のトラウマがずっと続いて痩せている人を見ると気持ち悪くなったり、物凄く不安になりました。今だにあります。僧籍時代の稚児にはできるだけ沢山食べさせて痩せないようにしていました。ちょっと無理してでも食べさせていた。自分の周りにいる稚児はみんなぽっちゃりしてます。最初の頃は痩せていても少しずつぽっちゃりしてきます。それは、痩せないで!太って!って言っていたから。近くにいた稚児の顔、濱田龍臣くんの小さい頃の容姿を太らせたみないな感じ、ただもっと色白で全体的に色素が薄め、髪の毛も茶色っぽかったような。。
そんな感じの記録無いですかね?あってほしい…

あと稚児が木の実とかで花とかで装飾品を手作りして作ってくれます。嬉しくてそういう物を自分は身に着けていました。

15.その頃に見たの日本のイメージ
地平線の向こうまでどこまでもどこまでも果てしなく山が続いている、山の国って感じ。解放感が半端じゃないです。しかも今の錆びれた雰囲気と違って山には沢山人が住んでいた。
山の上から見た光景、朝になると山裾や川から雲が沢山わいてきて海のようになります。その雲海の上に住んでいるのが私たち山のお坊さん勢、その下に住むのが里の一般ピーポーです。
雲が沸いてくるのと同時に、里に子供か、今の中高生くらいの年の若い人たちが沸いてきて仕事を始めます。山の上からでも声が聞こえてきます。。

道の途中に石切り場?がありませんでしたか?川沿いです、石や岩がたくさんあって雰囲気は今の土木作業員みたいな感じの雰囲気です。崖の岩肌を削る感じじゃなくて、ごろごろしてる大きな石を手ごろなサイズで持ち帰る?感じ。汚れてない綺麗な服をきた「役所の人」的な人が4~5人居て仕切っています。

それから、蕎麦掻についてですが、「そばがき」って名前じゃないかもしれませんが普通にありましたよ同じ味のやつ。里は知りません。今の物と全く同じじゃないかもしれないですけど、山の方で食べられているはずです、そのだし汁?みたいのもあります。それが山時代に好きだった食べ物です、山芋は子供達が勝手に大量に取ってきて、焚火をして山芋パーティーしてました。里の思い出より山の思い出の方が圧倒的に多いです。

里の方は…竹? 竹パラダイス。竹を一生懸命掻き分けて家を建ててる。竹で何でも作る、里の人は本当にあらゆるものを竹で作れる。万物は竹から生まれたんじゃないかってくらいに。今でいうプラスチックかもしれない。3Dプリンターくらい万能。

16.途中のデカい寺で知り合ってずっとついてきていた僧兵の人
野性爆弾のくっきーにそっくりな人。笑わせ方のマインドもくっきーにそっくりで、もしかして本人なんじゃないかという位そっくり。ガタイが良くてヤンキーっぽいけど道中ふざけてくれるからとても明るくなる。この人は京都に戻る時も一緒についてきてくれた人。

17.この頃の旅のフォーメーションとか、雰囲気とか。
まず中心が自分として、最側近は稚児。次いで普通の服装のお坊さんが少し、次いでたくさんの僧兵、次いで山伏系の人とか適当についてきた人がいっぱい、後半になるにつれてどんどん増えてってフォーメーション崩れて収集つかなくなったけど楽しければええやろ的な感じでやってた。自分は杖をついて歩いていた覚えがある。輿に乗っていたかもしれないけど、多分途中から下りてる。錫杖っていう奴だと思うんですけど、しゃらしゃらなる奴を鳴らして、他の人たちもそんな感じで高周波を響かせながら旅をする。
この時に誰かが持っていた、熊の毛皮を鞘みたいにぐるぐる巻きにした短刀がめっちゃかっこよくて、いいな~って思ってた。多分魔除け?にしていたんだと思う。山に入る人って魔除けに短刀を持っていきませんでしたか?毛皮巻きました?

18.熊野周辺(だと思う)
山伏&お坊さんパラダイス。もちろん稚児も居るよ。大きな滝の周辺はすごい賑わい、ディズニーランドちゃうかってくらいの賑わい。いろんな人種がいて、ここで出会って京都までついてきた人が沢山います。山伏の人たちは僧兵とまた雰囲気が違って、ちょっとスピリチュアル系?な感じでいつも気が張っている。
雰囲気を一発で例えるなら…

ダチョウ倶楽部の寺門ジモンさん

19.藤岡弘みたいな雰囲気の念力を使うお坊さん
多分「性空」という人です。どういう人かというと、人の心を一撃で読む人です。悲しんでた時に、人の心を読む術みたいのをめっちゃ教えてくれた人。平安の藤岡弘。
立場的に言えば平安のマスターヨーダ。 
今は消滅したようですし、ファンタジーですが昔はこんな感じの「第六感」を教える人が山にいっぱいいました。ありふれた感覚です。近いのは、ファンタジーになっちゃいますが…ジェダイの心を読む系のフォース、あるいはワンピースの心網。この人に教わりました。やり方を少し覚えています。

人間は想いを言葉にする前に、言葉にする以前の「気持ち」を外に発射するのでその気持ちを、研ぎ澄ませて受け取るように訓練できるよ。後ろに居ても言葉を発しなくても、相手が嘘をついていても考えてる事がある程度分かるよっていうものです。
自分は昔も今もですけど、第六感的な物はうっすらあってこういう事を覚えるのは早かった。
コントロールはできないけど未だに残ってます…この人のお陰だと思います。

これはその内科学的に解明されてほしい…

20.京都に帰る時
山で出会った大勢の人達を連れて帰りました。京都嫌いなのでなるべくなら帰りたくなかったんですけど、稚児が京都見たいとかお菓子的なやつを食べたいというので、まあいつかは帰るし、しょうがないかという気持ちで帰りました。でも自分は京都にトラウマを多く残しているので、京都に居る時はちょっと精神状態おかしくなります。山ではとても安定しています。



いっぱい書いて疲れました。まだまだ全部じゃないです、続き書くかも分からないのでとりあえずはこのへんで。ありがとうございました。

平安時代にお坊さんをやっていた記憶があるという話について 見え方感じ方 歴史的な核心について

お騒がせしてすみません。平安時代のユル~い感じの質問コーナーをユル~く継続する予定だったんですが、人によって色んな受け取り方をすると思います。自分の言動で、他人を安易に惑わせたくないのと、極力誤解が無いようにしたいので一旦置いていくつかの説明を書かせてください。


記憶の見え方感じ方について
当時の言葉や文字についてはほぼ分かりません。
古文を勉強して知っていても、覚えているという事ではないので。覚えてますとは言えません。どうしようもないです。
地名人名についても初めから分かってる事は稀で、分かればわざわざ文献とか場所を探して照らし合わせる必要が無いです。
記憶として思い出せるのは、その時の感覚的な物(綺麗、怖い、楽しい、恥ずかしい)とか風景とか人の顔が主です、これは歴史資料あるなしに関わらず。。なんでこうなのかは、本当に分かりません。だから脳の病気かもしれないので半信半疑で聞いてほしいです。
全部ひっくるめて完璧に分かるっていうイメージで広がって行ってしまったんですけど…超人とかスーパー霊能者ではないです、頭の中の謎な部分をtwitterで吐きだして朝消す予定だったのがとんでもないバズり方をしてしまっただけの人です。


歴史的な核心について
やんわりじゃなくて核心に迫ってほしいと思いますよね…そうですよね。
歴史的な核心に関わる部分については、いくつかあります。主に自分の身辺についての事で、歴史的に分かってない部分?です。
研究できると思います。
言いたいんですが…心の整理が出来てません。ゆかりのある方々に迷惑かかるかもしれない、重い部分なのでストレスがやばいです。そしてあまりに急なのと、一応こんな形でも思い出なので。ちょっと落ち着いて考えさせてほしいです。本当に必要だと思ったら真面目に言います。暫く時間を下さい。ごめんなさい。

        
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