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マグロジュースのブログ

ボカロ、UTAUの音楽の話や、創作の話などをする時はすると思いますが、しない時はしないと思います。

妙見氏制作の私の前世記憶に関するTogetterまとめへの回答

はじめに

本記事は、妙 ⁂ 見@Unicornaholic氏(以下、妙見氏)が制作されましたTogetterまとめ(URL:https://togetter.com/li/1191876)に関しての回答となります。

・ご留意いただきたい点は以下となります

1.本記事は、前世記憶に関する真実性、病理性の肯否いずれの立場も取らないものとします。
2.製作者である妙見氏を攻撃する意図は一切ございません。この記事によって妙見氏御本人を傷つける事がもしあれば、お詫び申し上げます。
3.本記事に関しての個別質問、要望への回答は原則として致しません。その点を了承の上、ご覧ください。

・本記事を投稿させて頂く目的は以下となります

1.まとめにおいて出された「精神的な分野の専門家のケアが必要」との結論が「平安時代の前世の人物について調べてみた」という主題の趣旨と異なる見解であり、当人の専門知識に基づいておらず、実際に誤った情報が放置されたまま拡散している。また、鵜呑みにした閲覧者からの誤解や中傷が生まれている為、専門知識を用いた説明を要する。

2.1の内容に対し精神的な分野のケアが専門範囲に入る私の、専門知識に基づいた情報をお伝えする

【歴史資料の考察として語られている部分に関しての回答と、妙見氏への謝辞】

私は平安時代の専門家でも無ければ、歴史マニアでもありませんので詳しい事は分かりません。よって大筋で妙見氏の考えを尊重しているという事をお伝えさせて頂きます。また、丁寧にお調べ下さった点にまず、感謝を申し上げます。

私が人差し指を立てる癖があり、前世(と思われる人物)の肖像画を見た時に同じように人差し指が立っていたと発言しました。
特にこれに関しての考察は大変参考になり、記載されているような風習があることも知りませんでした。自分自身を見直すとてもよいきっかけとなりました。

「鮮明に話せる」という書き方をしてしまった為、あらゆる事象を事細かに話せるといったイメージで伝わってしまった可能性があり、反省しています。

歴史学者は根拠のない情報は関与しないので歴史は変わらないと仰る点も、その通りだと思います。学識ある方々は現実的な検証に基づいて調査を行っている筈です。研究、教職を名乗る方から連絡を頂いた事はありますが、あくまで個人的な話です。公で行わないでしょうし、そのような事はあってはならないと思います。

但し、まとめの投稿日以後私の方で多くの情報を更新しておりますので、閲覧される方はかなり古い情報になっている事にご留意下さい。「この件について今後何か書く事は無い」とご本人が明確におっしゃられていますので、更新される事はありません。

【精神的な専門家のケアが必要との結論について】

こちらが、本記事の主目的となります。

・私の専門性の説明

私の専門分野は社会福祉学です。

社会福祉学というと極めて広義の概念になりますが本件に関連するものに絞って説明すれば精神障害者のケアを行う事を目的とした「精神保健福祉」というものが専門に入ります。精神科医ではありません(ただし医療は学びます)医療業務に特化したものが医師とすれば、精神障害者の心的支援、自立支援など、各種病院や施設での医療行為以外の福祉業務に特化した専門家になります。

簡単に言うと、お薬を出すほうの人ではなく、カウンセリングして復帰を助けるほうの専門家です。

4年制大学と4年制専修学校の掛け持ちで学び、必要な資格を習得し、実業務はいつでも可能ですので専門と言って差し支え無いと思います。統合失調症の方の相談援助記録を作成した事もあります。
私の学科は心理、精神保健分野に精通していたので、いずれ大学院に入り臨床心理士をしたいと思っていましたが現在は専門外の職業に従事しています。

学んだ事以外でも、ある程度専門知識に照らし合わせて判断をする事が可能です。ただし自分を自分で解析するというかなり特殊な条件下である為、論理的、客観的な視点を損なわないよう極力心掛けます。

ちなみに専門外の職業を選んだ理由は、髪染めてあごひげ生やしてアロハシャツ着てサンダル穿いたまま勤務できて給料良くて中抜けもできて家で猫と1日2時間以上遊べる仕事が良かったからです。

専門性の判断については、これ以下に記載する内容から信頼に足りうるものかどうかご判断頂ければ幸いです。

・精神的なケアの必要性と病理性の判断について


まず、症状が存在する事と、精神的なケアの要否とは全く違うという事を知って頂きたく思います。

精神の病理性の定義というのは「苦痛・異常を伴う心理的症候群または行動様式」とされています。そして、それにより当人が日常生活に支障をきたす場合にはじめて「専門家のケアが必要な状態」となります。

例を申し上げると、アスペルガーの方が居たとします。この障害の特性として特定の事象への強いこだわりや他人の感情を読み取る能力(非言語コミュニケーション能力)が欠陥しているといったものがあり、社会、対人におけるコミュニケーションで永続的な問題を抱えるとされます。
彼らに対して「専門家のケアが必要な状態」というのは、障害特性が原因で度々トラブルが生じる、対人関係でうまくいかない(職場に馴染めない、学校でしばしば問題を起こす等)その他苦痛により当人がケアを望んでいるといった場合です。

当人の対人関係が良好で、自己の特性を客観的に把握し、健全な社会生活が出来ているといった場合に専門家のケアは必要ありません。
何故かと言うと、ケアというのは当人が円滑で幸福な社会生活を送れるようにするためのものであり、完治が目的ではないからです。
それは精神医療、精神保健福祉が、障害を分離する事なく一般的に受け入れる考えを実現するという『ノーマライゼーション』という理念で成り立っているからです。これは根幹理念にあたるため、アスペルガーだけでなく精神障害、その他あらゆる分野の障害において適応されます。障害が区別される事なく、隠されることもなく、社会生活が出来るようにするというのがケアの根幹とお考え下さい。

精神医療になぜノーマライゼーションを適応しなければいけないのか、という事を確かめたければ「退廃芸術」とか「宇都宮病院事件」といったキーワードで検索をして頂ければお察し頂けるかと思います。

精神病はそもそも科学的根拠に依存していません。時代や社会通念によって病理性も、その定義も変化するものです。また各種障害特性が、社会的に良い作用をもたらす事(アスペルガーに見られる情報処理能力の優位性など)もあり得ます。

それらを包括し、現状可能な限り合理化した上で現在のケア理念が構築されていて、病理性を決めつける事での偏見、迫害、隔離を防ぐという大きな原則の元で動いているとお考え下さい。

そして私は現在、正規雇用者として自立した生活を営んでおり、家族や友人とも円滑にコミュニケーションが出来ています。生活に問題をきたす事もなく、苦痛を感じてもいなければケアを望んでもいません。

そして最も重要な事を申し上げます。

精神医学において、前世記憶を病気だと結論付ける見解が公式に出された事はありません。

精神障害の診断と統計マニュアルや国際疾病分類にもそのような記載はありません。

「自分はイエスの生まれ変わりだ」とか言って奇行に走って精神病院に入院するといった方は割といらっしゃいます。これは、前世記憶が精神疾患だという結論に基づいて入院している訳ではありません、その他の複合的な要因により当人の社会生活が困難であるために入院しているのです。

当人の生活がどうなっているのか、症状は何がどれくらいの頻度で現れているのか、場合によっては身体検査も含めて何週間もかけて病理性の判断を行っています。
更に、その後の援助についても経過を事細かに観察しながら長い時間をかけて行います。

当人の人間性や日常生活がどうなっているのかを無視し、一側面だけで病理性、ケアが必要と判断できる人間はおりません。仮に複合要因を疑うのであればそれは日常生活に現れてきますので、なおの事です。

「措置入院」という強制性をもったものがありますが、しかしこれに関しても「自傷他害のおそれが明らかであること」とありますので私には全く当てはまりません。そして、「指定医2名以上の診察の結果が、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認める事を要する」と精神保健福祉法にて定められており、その他に多くの条件が存在します。

『前世記憶のような物を思い出し、それをTwitterで話した』という事だけでは、ケアの要否は判断できません。

「病気の可能性がある」まではギリギリOKです。しかしすべて一括りにして、あるいは一側面のみで判断して「専門家のケアが必要」と結論付ける事はできません。また、その認識を一般に広める事は正しくありません。
ケアには7つの原則があり、その1つ「個別化の原則」といって依頼者の抱える問題は人それぞれであり、同じ問題は一つとして存在しないため一括りにしてはいけない、というものがあります。
「ケア」の概念では上記の理由から一側面だけで捉えたり、一括りにして考える事は絶対にしません。

「なるべく早い段階でケアをしたほうが良いのです」「ケアを優先させるべきなのです」「病状を悪化させるよりも」とありますが、病理性やケアの要否は前述した通り日常生活面の調査や長期間の診察や面談を行わなければ導き出す事が出来ないはずなのですが、twitterにおける数回の私の発言のみでそのような判断を行うことが可能というのであれば、精神医学、社会福祉、精神保健福祉、相談援助、臨床心理などの観点から整合性の取れるデータもしくは論理を上げていただかなくてはなりません。
この書き込みをした時点で、断定した専門的根拠は何であったのかという事です。

私としましても、そのような事が可能かというのは興味がありますし、可能であればそれを行う事により問題が生じないのかという所も非常に気になります。少なくとも学んだことはありません。

以上の事から「精神的な分野の専門家のケアが必要」との判断は誤っているというのが私の結論になります。

・脳の病気の判断基準としている内容について


妙見氏の考察では結論づける例として前世記憶がらみの事件をあげておられますが、これだけではもちろん判断基準にはならず、否定的見解の一例だけ引用をして、更にそれを広めるのはどうなのかな、と思いました。
「記憶の再構築」との事ですがこの例においては退行催眠と記載されていますので厳密に言えば私の状況とは異なります。だたし「可能性がある」という点では同意します。

中立性を持たせるため私からも一例を提示致します。
精神医学の博士イアン・スティーヴンソンが前世記憶を持つとされる子どもの事例を2300例ほど集めて行った「生まれ変わり現象」の研究というのがあります。こちらの記事をご参照下さい。

前述の通り精神医学において、前世記憶を病気だと結論付ける見解が公式に出された事はありません。前世記憶に関する症例の研究が現在まで引き継がれて続いているという事実が存在します。また、過去起こった一例のみを参考にし、生まれ変わりの主張をする事=病気であると一括りにして判断することはあり得ません。

音に色が見えるというのは「色聴」や「共感覚」と言われる生得的特性で、妄想障害ではなく、科学的に解明されている現象です。この現象は病気ですらありませんし、統合失調症における妄想、幻覚の現出とは性質が異なる為完全に間違っています。
またそれを「統合失調症か何か」という形で一括りにして発信するのは絶対にやってはいけない事です。これに関しましても、まとめに掲載し、広めた根拠を知りたいです。

【私の現状の立場について】

まず、重ねて申し上げますが本件においてまとめ制作者、妙見氏を攻撃する意図は一切ありません。私の個人的な事象によりご迷惑をおかけする事に申し訳無く思っております。これ以上無駄な議論が起こったり、無意味に拡散される事も本意ではありません。本記事を投稿した意図は、歴史考察と無関係の不適切な情報が広まってしまったため書かざるを得なかった、不適切な情報が広まる事によって生じる多方面への悪影響を、社会福祉学的観点を主軸に道義的及び合理的に判断した結果だという事を理解ください。

バズった事によって多くの影響があった事、その予測が出来なかった私自身の無計画性も反省しております。

私は前世記憶について肯否どちらの立場でもありません。

現状解明されていませんので客観的に見てそう判断しています。そして私の目標は、これが真実であっても病気であっても事実と病理性が混在していても、前世記憶を持つと自称する人達を包括し、彼らの、あるいは彼らの取り巻く人々に害が及ばないように知識を使って最適解を導く事です。これであれば立派な特性の活用であり、ノーマライゼーション理念にも適合していると考えております。

また、これは超個人的にですが、自分を客観視できないスピリチュアル系の人は妄言を言うだけで意味がないし、自分を客観視できない学者系の人は狭い視点から固まった考えを言うだけで意味がないと思っています。
従って特定の枠組みにはまる事無く、最適解が導かれることを願っているというのが私の立場になります。

【最後に、まとめや考察記事を作る、見る方々へ伝えたいこと】

間違いのない判断は「考察」だけではでは絶対にできません。「結果」が必要となります。
考察の段階ではどのような解釈でもできてしまうので、ネット上の、更に特定個人の解釈を鵜呑みにするというのは極めて良くない事です。

例えば、真っ赤なリンゴが目の前にあったとします。
「このリンゴは色鮮やかだから、実際に鮮度が良いだろう」と考える事もできるし
「着色料がついているだけだから、実際は鮮度が悪いだろう」と考える事もできます

これが考察です。考察の段階では正反対の見解も出せるのです。
そして結果は、実際に食べて味を確かめなければ分かりません。

私の事象に関していえば、前世記憶が真実なのか、病気なのかというのは歴史的にも科学的にも精神医学的にも証明がありません。どうあがいても「結果」は出せません。科学的に解明されるか自分の話した記憶通りの資料が後天的に見つかるまで分からないのです。つまり現段階では、リンゴを食べて味を確かめる事が出来ないのです。

あかの他人を好き勝手に調べてまとめあげる訳ですから相手が向こう側に居る事を把握して、どんな人物なのだろうか、嘘の情報や誤った認識を拡散していないだろうか、相手に危害が及ばないだろうか、コメントをして傷つかないだろうか、という事を振り返って考えながら利用してただけると大変良いものが生まれると思います。

まとめを作る方は、そういった点に留意してクオリティの高い物を製作していってほしいと思いますし、まとめを見る方は、考察と結果は違うという事を意識して鵜呑みにせず、情報を正しく分別してほしいと思います。

それを伝えて終わりに致します。ご覧くださり、ありがとうございました。
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今後の諸活動について

今後の諸活動に関して考えがおおよそまとまりましたので周知致します。

前世記憶の話については、前向きな結果を期待できる場合のみ、発信させて頂きます。

多くのご意見、ご連絡を頂いております。その中でごく一部ですが現在、前世療法をされている方、歴史研究をされている方、前世記憶・第六感を保持されている方等水面下でコンタクトを取っており、前向きな進捗があります。(実績・実情不明な方、前向きな進捗を望めない、もしくは分からないと判断した場合、その他多くの場合アプローチする事はありません)

あらゆる立場の考えを否定する事無く、良い結果を望みながら進めていきたいと思います。
中庸の立場ではありますが、個人的・感情的な決めつけ、初めから攻撃・否定を目的とした意見、特定の宗教、思想に過度の偏りがある意見に対して、返答する事は基本的にありません。ご理解下さい。

私の好きなイブン・アラビーというイスラームの学者の言葉で
『神秘体験の無い哲学者は目が見えていないようなもので 哲学の無い神秘体験者は酔っぱらいのようなものだ』
という感じの言葉がありまして、アラビーの言葉は辛らつですけど私はその両方を参考にして、アラビー的ポジションで前に進みたいと思っています。

取材に関しては、無意味な拡散を望んでいないので現状1社も受けていませんが完全に拒否している訳ではありません。熟考させて頂きます。

元々やっている音楽活動については、悩みましたが辞めたり、変えたりする意味はないのでこのまま続けたいと思います。
元々マイナー音楽で不特定多数に知名される意味が無く、アングラな場所に引き籠っているので外に出ていくような意味も無く、売って収益を得た事も無く、生活に満足しているので今後得る予定も無く、売名や金銭目的で音楽を作っているという指摘が全く当てはまらないからです。(そもそも自分の主に使っている「UTAU」はボカロと違って個人製作なのでカラオケ配信すらもされない)
旧友の方々は私がこの界隈でも特に、お金や権利の話とか商用音楽が苦手で避けてる事は分かっていると思います。

今まで通り自分の曲を好きにアップしたり、他人の曲を好きに考察したり、ボーカロイド音楽の話をしていきます。

その他、個人的に興味のある人文学や時事に関して考察をしたり、意見を発信する事があります。また言うだけでなく実際の行動を伴う事もあります。(これも今まで通りですが)
以前よりフォロワーさんが大幅に増えたので拡散力が高くなった利点も、賛否両論が帰ってくるという難しい点もありすが、良い方向に持っていく努力をしながら続けていきます。

以上です。ありがとうございました。

でたらめ音楽教室・課外授業ボカロ編5の模様をお伝えします



3月3日、三鷹おんがくのじかんにて行われた『でたらめ音楽教室・課外授業ボカロ編5』に参加しましたので、イベントの説明や体験した事をゆる真面目に書かせて頂きたいと思います。


【でたらめ音楽教室とは何なのか?】

スッパマイクロパンチョップ
レコード水越主催、音楽製作・DJ・イラスト・デザイン、多くの企画・イベントを手がけるマルチな御方。最近合成音声と出会いプレイヤーとして、リスナーや企画者として魅力を発信し続けている。会った感想はゆるい感じでコミュ障の私でも「あぁ接しやすぅー…」ってなる雰囲気。

ヒッキーP(大高丈宙)
2008年から活動し鏡音リンをメインに投稿、メジャー路線と対照的なノイズを駆使した激しく前衛的でサイケデリックな作風ながら殿堂入り楽曲「私は演者です」「のどが渇く」を排出。最初期からボーカロイド世界を盛り上げて来た御方。会った感想はとても繊細で優しくて柔らかい雰囲気。

上記お二方の司会進行でお客さんと一緒にボーカロイド、その他合成音楽界隈について自由に考えていくというイベントです。簡単に言うと…

集まった人たちが
好きな曲を紹介して
それをでたらめに語って楽しむ

そんなイベントなのです。

前半は、現在のボカロシーンをジャンル、有名無名問わず楽曲解説を交えながら伝える、来場されたしまさん監修の書籍「ボーカロイド音楽の世界2017」※私の楽曲「博文約禮」も解説されとります(小声
ボーカロイド音楽の世界 2017 (ele-king books)

Pヴァイン (2018-03-14)
売り上げランキング: 6,447

ボカロの固定観念や人気に囚われないハイセンスで芸術的な楽曲を集めたスッパマイクロパンチョップさん選曲・監修のコンピレーションアルバム「合成音声ONGAKUの世界」
合成音声ONGAKUの世界
合成音声ONGAKUの世界
posted with amazlet at 18.03.09
V.A.
Pヴァイン・レコード (2018-03-14)
売り上げランキング: 10,662

収録音源☟


上記、Pヴァインレコードより発売予定2作品のコンセプト紹介と一部先行公開。
後半はお客さんのリクエスト曲を聴くという形で進んでいきます。

「ボーカロイドのイベント」と言えば人気ボカロ曲をVRの初音ミクが歌って踊ったりするものや博覧会のようなもの、とりわけ幕張メッセ的なやつが浮かんで来ると思います。
幕張メッセ的なやつが空の上の太陽だとするならば、このでたらめ音楽教室は海の底の熱水噴出孔と言った所でしょうか…


【熱水噴出孔とは何なのか?】

こちらをご覧ください→熱水噴出孔 - Wikipedia


【紹介曲ピックアップ】

続いて流された曲の中からピックアップしてその内容やら感想を伝えます、紹介しきれなかった方ごめんなさい。
今回は濃度がかなり濃くってボカロを初めて聴く人は、そうですね…スキー初心者がうっかり上級者コースまで行っちゃった感じの気分になりますね。まあ頑張って下さい。

あのそのええと/朝音ボウ・ちゃろえもん
Croce
オープニングとして流された聴く&観る曲。学校の3Dセットでエスニックなメロディーと問答が延々と繰り返され徐々にカオスになっていく、瞑想の末に辿り着いた謎の境地のような曲。なぜか分からないけど私はこの曲を聴いてインド後期密教が浮かびました。☟


人間たち/初音ミク・重音テト・さとうささら
リリック:松傘 mayrock sagishi ビート:緊急ゆるポート trampdog
来場したmayrockさん紹介、近年のアングラボカロシーンを席巻しているミックホップ(ボーカロイドのヒップホップの意)の魅力が凝縮しまくった代表曲と言っても過言ではない存在。個人的に同ジャンルに携わる身として一番語りたいヤツです。

ここで注目して頂きたいのがラップする3人のキャラクター、初音ミクは「VOCALOID」 重音テトは「UTAU」 さとうささらは「CeVIO」という全員が別種の合成音声ソフトです。そしてラップの部分は全て調声者の我流、そもそも合成音声にラップさせる技術について教えるサイトも書籍も存在しないためソフトの違い、調声者の違いによって恐ろしいほど個性が際立っているのを感じて頂けると思います。そんな前衛的、挑戦的、研究的な分野の先端にある「合成音声によるラップ」の魅力を存分味わえる一曲です。
緊急ゆるポ氏によるAmazingなピアノとtrampdog氏によるSoCoolなドラムも一興☟


Tonigt'82/巡音ルカ

この曲は「No_Follow」というタグが付けられているのですが「この曲を応援するな!」という意思表示で付けるのだそうで、まさにアンダーグランド的な曲ですね。その為、この曲を紹介して良いのか…とても迷いました…
が!
売れたい、有名になりたいボカロPばかりでなく、応援されたくない、知られたくないという内的世界を探求するボカロPも存在しているんだという事を知ってほしかったのであえて載せる事にしました。売れっ子ボカロPの対極にある存在と言って良いのかもしれません、そんな世界に触れられるのはこのでたらめ音楽教室ならでは。
結構このようなPさんは居て意図的に歌詞も載せなかったり、サムネイルも無かったり、挙句に再生数が伸びると曲自体を削除してしまう方も存在します。
そんなお前らが好き(はあと)
曲調はざらついたローファイ音源にキャッチーなメロディーといった感じです☟


ふなむしすし/Flower
マグロジュース
どうもこんにちは私の曲です。今まで作った作品の中で史上最低のゴミ作品として紹介致しました。ロック専用ボカロのFlowerを購入したのですがうちはHIPHOPしか作らないので全然使ってなくて、何とかデビューさせようと画策していた時彼女がフナムシの寿司を食べながら悶絶する姿が浮かび、これだ!!となって作った曲です。見どころは悶絶しながらも一生懸命食べようとするFlowerちゃんです。
著作権は放棄しますので無断使用OK、作者を名乗って使って頂いても結構です。ヒッキーPさんどうぞこれ差し上げます!☟


 Happppy song/鏡音レン
SOOOO
来場されたSOOOOさんの紹介、幸せをテーマに作った曲との事です。血塗られた狂気に満ちている、暗黒面に堕ちまくっているギャア”------!!!!!って感じの曲なんですけど…ですけど…幸せをテーマに作った曲との事です。素敵ですよね~ 動画もご本人作という事で、幸せな空間に拍車をかけてますね。素敵ですよね~
ハマる人には物凄くハマる作風だと私は思います。実際に結構中毒的、熱狂的なファンが居るそうです☟



【体験してみた感想】

前述した通り、海底の熱水噴出孔のような、形も個性も様々な人たちが集う創作の源泉のようなイベントだと思います。
来場するお客さんも様々で…

・癖が強めのボカロP
・コアみが強めのボカロリスナー
・執筆や企画をする方
・DJ
・ファン
・ふらっと来て酒飲んで隣の女の子に音楽について色々語った後に飲み物奢って帰っていく謎の人

などなど、まさにいろんな意味で最先端といった所ですね。
もっとみんなに知ってほしい場所である反面みんなに知られたくない秘密の場所でもあります。

めっちゃ個人的な感想ですが、私は永遠にネットの隅に曲をぽいぽい投下するだけで誰とも会う気は無かったです。でも、自分の周りで曲を作っていた人、聴いていた人、企画をしていた人とこうやって会って話し合うっていうのは物凄く意味のある事だと思い直しました。

有名とか無名とかそんなのは重要じゃなくて、この地球の、日本の、合成音声音楽の先端をこの人達と今作っているという事を、まさに「文化を作っている」という事を感じられて凄く嬉しかったです。

同じnujabes厨でUTAUラッパーのmayrockさんと見ていて、気付いたら二人ともポータブルバッテリーでスマホ充電しながらうちわで仰いでいて動作がシンクロしてたり
鈴木Oさんと夢の対談を実現させたり
リスナーさんに連れられて三鷹のちんまい喫茶店でコーヒー飲んだり
フォロワーさんや集った人と2次会で酒飲みながら音楽の話や関係ない生い立ちや悩みの話まで共有したり

良かった。うん、良かった。
ただ、田舎の雪国からやってきた私と他2名を大都会東京に置いて先に2次会会場に行ってしまったスッパさん、今度新潟にいらした際は田んぼのど真ん中で雪に埋もれた無人駅に置いて行きますのでお覚悟の程をよろしくお願い致します!



【マグロジュースが紹介したボカロP】

最後に紹介しますのは、会場(とその二次会)にてお話させて頂きました…

マグロジュースがリスペクトするシーン最先端なボカロP達です!!

それではぶちかまセイッ!

八七田
繊細で澄み渡るようなエレクトロベースのトラックに、倦怠的で少ない言葉数でありながら力強く湧き上がるような歌詞が特徴的。静と動が心地よく混ざり合う。ミックホップ要素も併せ持つ、桃音モモ、滲音かこい、雪歌ユフ等を駆使する貴重なUTAU勢の一角。☟


たのしいマグロダンスP
極めて直情的な音と詩、あらゆる法則をガン無視した前衛音楽を提供する。面白さと狂気の間を行ったり来たりする感性の反乱β的ボカロP、マグロジュースと合わせて「マグロ界隈」というコア寄りのコアな謎ジャンルを形成中。☟


BeniiiP
期待の51歳新人ボカロP。高い技術が垣間見える安定したフュージョンサウンドと不思議な演出のPV、気の抜ける可愛らしい架空言語の歌詞といった独自性の高い世界観を持っていて並々ならぬ魅力を放つ。なぜ伸びないのか不思議なP、二次会にて架空言語での作曲の話題になった時に紹介。☟


以上です



前世記憶関連でご理解頂きたい事

多くの人がブログを閲覧し、Twitterの方もフォローして下さっているので一応現時点での自分の認識、見解を簡単に伝えます。

分からない事は、肯定もしないし、否定もしない。というのが自分の考えです。

確定的な資料が後天的に発見されない限り、自分の言ったものを100%立証する事は叶いません。 現時点で史実通りなら「調べたんだ」となるし 史実と異なれば「嘘だ」となるし 曖昧でも詳しく話しても「想像だ」となります。また、見る人により異なる解釈で受け取られる事も多々あるので、それによって混乱したくないしさせたくもありません。

自分がハッキリ覚えていて世の中に出ていない、つまり立証ができそうなのは、火事で亡くなった初恋の人、奥さんの性格や手紙の内容、一番近しかった女官(尼さん)の事、性空さんの教えの内容 くらいでしょうか…。 

また、世の中にはいろんな信仰や考え方が存在し、輪廻転生を肯定していない文化もあります。否定的な考えも十分に理解できます。多様な考え方を尊重しているし、形はそれぞれでもみんなが有意義に良い人生を送れるならそれで良いです、その形こそがベストだと思っています。
特定の考えを押し通す必要性を感じません。スピリチュアル的な考え方に囚われる気もありません。知らない様々な文化や考え方を調べて、学んで知っていくことが自分の生きがいです。

ただ、これがどこかの誰かにとって、世の中にとって、前向きな方向に活かされてくれたら良いな、という淡い期待で動いています。

必要だと思った事や、良い影響になると思った事は言う、思わない事は言いません。それだけです。

バズる前もバズった後も変わりはありません。今まで通り過ごします。
自由に、恥ずかしくない生き方をするだけです。


--追記--
メールやリプライで頂いた内容は読んでいます、励ましの言葉等頂きありがとうございます、とても嬉しくなります。
質問も多く頂いていますが
返信、発進をしたことが正確に伝わらない、誤解を招くといった状況を避けたいという事
分からない、ハッキリしない、言うべきでない、言いたくないと思う内容もあるという事
この件に無関係のフォロワーさんや、否定的、批判的な人達への心的配慮
中庸な考え方を保ちたいという事
その他諸事情から安易に返信、発進出来ない事をご了承下さい。同時にお詫び致します。

平安時代にお坊さんをやっていた記憶があるという話について 変わった所変わらない所

今までの感じとちょっと変えて、メンタルの部分を話したいと思います。2つの人間の記憶があるってどうなんだ、同じ人格の奴が違う環境に生まれるとどうなんだっていう部分です。一応、過去の自分の名前を知っている人が見る前提で話します。求めてるのと違うかもしれませんが、こちらも緩い感じで聞いて貰えればなと思います。


変わった所

昔:質問厨
分からない事は何でも納得するまで聞きまくってた、知りたい事を中々知れないもどかしい感情があった。知る事が出来たとしても口頭で伝えられるだけで実際に確かめられない、不安でまた質問して嫌がられる。頭が悪いって思われてるらしいけど全然そんな事ないですから。知識欲半端じゃ無かったですよ。

今:無口
分からない事は何でも自分で調べられます、世界中でどんな文化があって、歴史があって、人や生き物が居て…という感じでのあらゆる情報が納得するまで得られます。人に聞く必要が無いので楽チン、喋んなくて良い。知識欲満たせて素晴らしい。ネット最高。



昔:周りに人がいっぱい居た
人員が変わるとこはあったけど、生涯を通して周りに人が大勢居てわいわいしていた。旅も大勢。多くの人と心を通わせるのは楽しいけれど自分を見失ったり調子に乗って失敗をする事があるので一概に良いわけではないし、多くの人に迷惑をかけたので後悔もかなり多い。何でも人にしてもらっていたし、自分が何かするたびに、誰かしらに迷惑がかかるのでそれがとても嫌だった。

今:一人の時間が多い
誰にも迷惑かけないしストレスも少ないので感情が落ち着くし、誰にも邪魔されず自分の好きな事を好きな時間に出来るのは素晴らしい。旅も一人旅。人が多い空間に行くと感情的にちょっとおかしくなるので逆に避けてる、自分の事は全部自分でやるので慎重な性格になった。でも寂しいかもしれない、昔あった『家族のように心の距離が近い他人』という概念が今は無いのでそれが寂しい。



昔:女好きって言われてた
これは育ちのせい。前も言いましたけど心を許せるのが女性達であって、囲まれて育ったので人格形成に影響してます。それから子供や捨て子が物凄い数居たという話をしましたが今よりずっと性愛は自由でした。同性愛や年の差愛も浸透していたし今みたいにガチガチに固定観念で固められてないです。愛の形は時と場合で様々。恥ずかしいからもうやめようこれは…
良いよね、他の生まれ変わり自称の人たちは偉大で。こっちは黒歴史まで引き継いでんだよ。恥ずかしいよ、嫌だよ普通に。

今:そんな事は全く無い
昔自分が性愛に求めていたものは、肉体的よりかは精神的な癒しだったんですよね。ボロボロになった感情を糊で塞いでくれるような物なんです。だから現代で必要無いです。人と人との結びつきが弱いし、自分の精神状態も安定してるので。
そして痩せてる人苦手なのに痩せた女子ばっかりだし一人で居る事が多いので逆に人より欲が無いです。面倒くさいとかくだらないって思ってしまう。同性も異性も人間として同じように見ます、当たり前だけど。これは成長と言うんでしょうか、分かりませんけれども。



昔:スピリチュアル的な考え方だった
オカルトなんていう区分けは無くて当たり前に受け入れられていてたし、自分の中にも第六感的な物があったし(後天的に強くなった)それを持っている多くの人に出会ったので当時から前世や来世の概念を知覚していた。幽霊や精霊?を目視する事は無かったけれど、知覚(存在を感じる)事も普通にあった。全てひっくるめて自然の一部、当たり前の事としていた。
仏教は、知識欲に任せて学んだ気がするけれど、感覚的な物以外忘れました。ただ今のアフガニスタン(ガンダーラ)やチベットのあたりの話はうっすらと覚えがあって、思い入れがあった。行ってみたいと思っていた。

今:特定の思想に偏らないようにしている
昔と同じく第六感は強いけど、現実を生きる人たちにとって特別必要な物とは思わない。それは科学では解明されていない不確かな事だし、世界中にはいろんな信仰や考え方が存在するし、さらにそういう人たちと共存する必要があるし、またそれらの多様な考えから学びたいし、尊重したいし、各々が有意義に幸せに生きられればそれでいいと思うので。
でもチベット!チベットはやっぱり行ってみたい!そしてアフガニスタン共々今の現状をとても憂いています…。



変わらない所

顔、仕草、話し方
若干まつ毛や眉毛が濃いとか微妙な違いはありますけど変わらないか極めて似てます。
話し方はフワフワでボソボソなのでイライラするか眠くなるかのどっちかだと思います。


好きな物
お酒、動物、山、旅行、バイク(馬)、楽器、作詞作曲、同じです。
なぜ馬が、好きだったのか。それは当時世界で一番早い乗り物だったからです。風を感じたかったからです、あと馬の目が可愛かったからです。今のバイクも丸型の二つ目のライトに変えてるので目がかわいいです。


悪戯するのが好き(だった)

昔は色々仕掛けてました、記録も複数、複数確認致しました。でもあれは、無差別にやっている訳では無くてとても調子に乗っていたりとか、自分の悪い所に気付いていない人をターゲットにして、笑える悪戯をしようという試みでした。当時の笑いのツボなんです、あれは。本気で陥れたいと思っている訳では決して無くて、お前はこれくらいバカバカしいレベルなんだぞっていう暗示をしたくて。ごめんね。いやそうじゃない時も、あったかしれない…ごめんね。

今はネトゲが全盛期だった頃に無意識に同じ事してました
悪戯専用のクラブとかギルドに所属して、時にギルドマスターとして狩場独占してる奴の邪魔したり、PKしたり、反応見て楽しんで仲間とスカイプでゲラゲラ笑ったり。メイプルストーリーとか超面白かったですよね、規約違反はしてないのでBANはされません、規約の範囲で大暴れするだけです。いつまでも居座ってたらいつのまにか某サーバー内で四天王と呼ばれて祭られてました。
ごめんね。本当にごめんね。もうしません。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい


ストレスメーターが上がると奇行が出る

自分と長く付き合いのある人なら分かると思いますけど、ストレスを感じるとすぐ変になります。空になったコップで何度も水飲もうとしたりとか、謎の絵を描いて来て講義室の隅に飾ったりとか、小学校の頃ですけど、授業中に抜け出して松林を走り回ったりとか。あげたらきりが無いのと恥ずかしいので雰囲気を察して頂ければと…。意図的にストレスを避けてます。危ないので。

奇行は続くよ、千年後も。


感受性、表現性

一緒です。これも雰囲気で察してください。
服装を変に拘るのも一緒です。その日の気分にあった自分らしい見た目じゃないと落ちつかない。そして今も昔も人に選んで貰わないしファッション誌も見ないので、たまに変な時がある。
創作は今の方が規模的にはだいぶショボいんですけど、感受性は意図的には絶対似せられない部分だと思います。悲しい時に作るとすっごく良いのができます。
あと縛られないで好きなようにっていうのも同じで、昔も上を目指したり、人によく見せる為に作るやり方じゃなくて内面を追求するようなやり方、あと全部勘。
共感覚もありました。ていうか昔の人は結構あった。


知識欲
これはあまり知られていないようですけど、旅しまくってた理由の一つでもあります。自分の知りたい事が知れない、見たい物が見れないという苦痛が嫌で、目で見て感じて確かめたいという気持ちから行動が生まれます。そこで貯めた知識を、自分の出来る限り活かしたいと考えてました。今も同じです。



上記問わず本質的な部分は全部一緒です。これはもう本当に似せようと思って出来るものではない。不思議な所です。

こんな感じですかね…